臨済宗南禅寺派 片岡山 達磨寺 ~聖徳太子遺跡霊場 第十九番~

MENU

達磨寺の見どころとぎもんHIGHLIGHT & QUESTION達磨寺には見どころが盛りだくさん。「知る人ぞ知る」必見ポイントをご紹介!

HOME  >   達磨寺の見どころとぎもん

達磨寺の見どころとぎもん - -
カテゴリを選択してください。
  • 達磨寺の見どころ方丈の屋根の形が左右で違う開く

    方丈の屋根の形が左右で違う方丈というのは禅宗寺院によくある建築様式で、ほとんどが正方形で入母屋です。そしてまたほとんどが寺の本堂です。ここの方丈はたいへん珍しく、本堂ではありません。またとても珍しく、片方が入母屋(いりもや:写真の屋根の左側)で、もう一方が切妻(きりづま:同右側)です。方丈でなくてもこんな形は見たことがありません。
    理由はよくわかっていません。水木しげるさんの本に出てきた方丈がこんなだったような。関係あるのかな、でもあれは妻入り(入口が横ではなく妻側にあること)の上にヒサシが付いただけだしなあ。いずれにしても日本のみならず世界的に珍しい建物ではないでしょうか。

  • 達磨寺の見どころだるまさんには手足がある開く

    だるまさんには手足がある左の写真は当寺の達磨座像です。手がありますね。なんか足もあるようです。達磨さんて座禅しすぎて手足も腐ってなくなったんじゃないの? いいえそれは俗説です。
    じゃあ右の写真はだるまさんじゃないの? いいえそれも・・だるまさんです。こちらの方は、江戸時代の中頃、群馬県の高崎に同じ名前の達磨寺というのがありまして、そこの和尚が起上り小法師をもとに考えられたのです。それがあっという間に大ヒットしてしまいまして、今ではだるまさんと言えばではこちら、という位になってしまいました。中には達磨さんが人間であるということを知らない人もいるようです。
    でも本来達磨さんというのは普通の坊さんでこのように手も足もあるんです。ではいつどこで手足をなくされたかと言いますと、それは、江戸時代の中頃、群馬県付近で、ということなんですね。

  • 達磨寺の見どころ千手観音には千の眼がある開く

    千手観音には千の眼がある千手観音さまは手が千本、だけでなく眼も千個あります。さらにはお顔も十一あるのが普通です。ので千手千眼十一面観音さまです。とはいうもののほとんどのの千手観音さまの手の数はそんなに多くはなくて42本位が普通です。これは1本で25本を代表するのだそうです。まれに実際に千本の観音さまもおられます(唐招提寺など)。でもこの場合やはり手がとても小さくなってしまうようです。こちらの観音さまは手が五百弱、これぐらいの手の大きさが、全体のバランスもちょうどよくとても美しいです。またお顔も柔和で人気のある観音様です。
    眼は手のひらの生命線付近にあります。普通は墨で書いたり彫り込んだりするだけですが、こちらは水晶を嵌め込んだ玉眼という技法で造られているのが特徴です。

  • 達磨寺の見どころ太子が手に持ってる細長い板みたいなの開く

    太子が手に持ってる細長い板みたいなの太子が手に持っている細長い板みたいなの、これを何というか知っていますか。「笏(しゃく)」って言うそうです。中国は周の武王の時代、日本では推古天皇の御代に始まったそうで、儀式の時に威儀を整えるための道具だそうです。でも実は、時々カンニングペーパーにもなったそうです。また「男子は笏、女子は扇(せん)を持つ」とあります。女性は扇なんですね。なるほど。
    ところで「笏」って難しい言葉ですね。こんなの知ってる人そんなに沢山はいないでしょう。でもこの間、小学生がやってきて太子像を見るなり「あっシャクもってる」って言うんですよ。へーよくそんなこと知ってるね、というと、おじゃる丸に出てきたっ、んだそうです。アニメは勉強になりますね。

  • 達磨寺の見どころ屋根の上のポニョ?開く

    屋根の上のポニョ?いつも来られる団体バスツアーの方々がおられます。その方々は境内参詣のあと一端、山門(南門:古い方の門)を出て空を見上げておられます。見ると山門の瓦の上にこんな子らがいます。おやすこし誰かに似ていませんか?
    「留蓋瓦(とめぶたがわら)」というそうです。古い寺社などの屋根の四隅におられることが多いようです。いろんな動物や植物など、どこの寺社のものも実に個性的でユーモラスで見ているだけで楽しくなってしまいます。こちらの方が参詣のメインだという人もおられるようです。
    どこに参詣するにしても、すこし屋根を見上げるクセをつけておけば、気分はとってもお得ですよ。

  • 達磨寺の見どころあれれ、観音さまのまえに雪丸が!開く

    あれれ、観音さまのまえに雪丸が!仏さまなどはよく蓮の花の上に座っておられますね。これを蓮座(れんざ)といいます。こちらの千手観音さまは岩の上に座っておられ、これを岩座(がんざ)といいます(実際の材は自然木ですが)。これはどこにでもお出ましになって我々を救ってくださるという意味だそうです。
    ある時の取材でレポーターの方が発見されました。「あっこんなとこに雪丸がいる。」 見ると雪丸とおぼしき犬らしきが観音さまにジャレついているではありませんか。ずっと昔からたくさんの人が見てきたはずなのに誰も気が付きませんでした。雪丸は遺言どおりこんなところに来てみんなを守ってくれていたのですね。
    ちょうどあの朝ドラが放映中でしたので、その場にいた人が口をそろえて、びっくりぽんや。

  • 達磨寺の見どころ日本の達磨寺に達磨塔はありますか? 開く

    日本の達磨寺に達磨塔はありますか? 西暦1217年、宋に入られた勝月房慶政上人は中国僧からこんな質問を受けました。「日本の法隆寺にあるという舎利を見たことがありますか。また達磨寺に達磨塔はありますか。」 法隆寺と達磨寺のことはは当時中国でもよく知られていたのです。そしてまたこれは「聖徳太子と達磨大師の物語」が中国でも既に知られていたことを意味します。
    ところが上人は実はその舎利を見たこともなく、達磨寺の塔のことも知りませんでした。しかし知らないなどと答えては国の恥になると思い「舎利は見ました。塔もあります。」と答えてしまいました。二年後、帰国された上人はさっそく法隆寺に行って舎利を拝見しました。これで一安心。つぎに達磨寺に行ってみました。すると・塔は・・なかったのです。これはなんとかしなければ、と上人は自費をはたいて塔を造ってしまったのです。これが今も達磨寺に残る九重達磨塔(ここのえだるまとう)の由来のお話しであります。  現在はこの塔を礼拝塔として、永代供養塔とさせて頂いています。

  • 達磨寺の見どころ日の本一のこの綸旨開く

    日の本一のこの綸旨左は正親町(おおぎまち)天皇の綸旨(りんじ:天皇のお言葉)です。かわったお名前の天皇様ですがどんな天皇だったのでしょうか。戦国初期の頃、松永久秀は東大寺の大仏に火をかけ、また当寺にも火を放ち焼失させてしまいました。これを嘆かれた天皇は両寺に対しこれを再興せよとの綸旨を賜りました。
    正親町天皇は又、槍でありながら正三位の位を賜ったという名槍を太閤となった豊臣秀吉に与え、秀吉は天下統一の総仕上げ小田原城攻めにおいて奮戦せる福島正則にこれを与え、この槍のおかげで天下統一は成ったのでありました。福島正則、これを名誉として常々床の間に飾っておりましたが、、そこへやってきたのが黒田家の家臣母里太兵衛(もりたへえ)、(中略)、太兵衛、差し出された三升盃を一気に呑み干してしまいますと、、正則公ひとことうーむと、(後略)、・・かくして太兵衛は日の本一のこの槍を呑み取ってしまったのです。これがあの有名な黒田節の一節であります。
    さて天皇様から直接賜った当寺の綸旨ですが、近隣に大酒呑みがいなかったとみえて、今もそのまま保持しております。

このページの先頭へ